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ナ・ヨンソクPDの癒やし系バラエティに限界か、変化の兆しか 『コンコンパムパム』

tvN『コンコンパムパム』第2回は視聴率2.9%と初回から小幅下落。ナ・ヨンソクPD印の癒やし系バラエティが、慣れ親しまれた魅力と変化の必要性の間で揺れている。

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ナ・ヨンソクPDの癒やし系バラエティに限界が来ているのか、それとも変化の兆しなのか。tvN『コン シムン デ コン ナヌン カゴパム ハゴパム トンムルノンジャン』(以下『コンコンパムパム』)をめぐる視線は、シリーズが第4作に入った今、以前より複雑になっている。

ナ・ヨンソクPDの癒やし系バラエティに変化?新番組『コンコンパムパム』が始動

ナ・ヨンソクPD印のバラエティの力は、どこから生まれてきたのか。かつて彼の番組は、平凡な日常と出演者同士の関係性が生む化学反応を、最も強いコンテンツへと変える「信頼して見られるブランド」だった。大きな事件がなくても、人が集まり、働き、食べ、会話するだけで物語が立ち上がる。その方式こそがナ・ヨンソクPDの番組を特別なものにしてきた。

しかし『コンコンパムパム』がシーズン4にあたる現在の位置まで来ると、過去の成功公式が以前と同じ強度では作動していないようにも見える。視聴者に安心感を与えてきたフォーマットが、同時に既視感として受け止められ始めているためだ。

26日に放送された第2回は、全国世帯基準で2.9%の視聴率を記録した。初回放送より0.1ポイント下落した数値で、分単位の最高視聴率は3.7%まで上がったものの、放送前半から続いていた期待感と「ナ・ヨンソク・バラエティ」というブランド力を考えれば、やや物足りない流れと見ることもできる。

特に『コンコンパムパム』は、すでに『コンコンパッパッ』『コンコンパプパプ』『コンコンパンパン』へと続いてきたシリーズの第4作である。新作としての期待と同時に、視聴者の側には疲労感と慣れも重なっている。親しみやすさがある一方で、見慣れた構成が感情の動きを弱めているという分析も可能だ。

今回の第2回の中心は、「KKPPフード」のメンバーたちが乳牛牧場に適応していく過程だった。俳優イ・グァンスキム・ウビン、ド・ギョンスは、大型牛舎の清掃から飼料の配合、搾乳場の体験まで、実際の牧場業務をこなしながら新しい環境に少しずつなじんでいった。

生まれて間もない子牛に自らミルクを飲ませる場面は、番組が追求する温かな情緒と最もよくかみ合っていた。派手な演出よりも、慣れない作業の中で見える戸惑いや思いやりを拾うことで、番組はナ・ヨンソクPDらしい柔らかな空気を作り出した。

ナ・ヨンソクのバラエティ特有の魅力は、まさにこうした瞬間から生まれる。巨大な事件や劇的な葛藤がなくても、出演者が見知らぬ環境で小さな経験を積み、その過程で自然に関係が形成されていく様子を見せること。視聴者は結果よりも過程に集中し、出演者の人間的な一面を発見していく。

ただし問題は、この「ゆっくりした面白さ」が今ではあまりにもなじみ深いものになっている点だ。農村体験、労働、食べ物、出演者同士のテンポのよいやり取りという構造は、すでに複数のシーズンを通じて繰り返されてきた。新しい空間と新しいミッションが登場しても、視聴者が受け取る感情の線は以前の作品と大きく変わらない。

かつては「心地よさ」が長所だったフォーマットが、ある瞬間から「予測可能さ」へと変わっていく。『コンコンパムパム』が直面しているのは、完成度の不足ではなく、成功してきた形式そのものがもたらす停滞感なのかもしれない。

それでも今回の回で最も新鮮な変数となったのは、ムン・サンフンの合流だった。既存メンバーが自然に適応していた空間に、まだなじみきっていない人物が入ってくることで、小さな緊張感が生まれた。転校生のようにぎこちなく振る舞うムン・サンフンに、キム・ウビンが「今、演技してるのか、何なのか」と尋ね、イ・グァンスが「これ全部コントなのか」と疑う場面は、彼の独特なキャラクター性をよく示していた。

ムン・サンフンは、一般的なバラエティ型ゲストとは違う。場の雰囲気を主導するというより、むしろぎこちなさそのものをキャラクターにしていく人物だ。「楽にしていろと強要しないでください。そのほうがもっと居心地が悪いです」という言葉は笑いを誘いながらも、知らない組織の中に入った人が感じる微妙な心理を含んでいた。

もしかすると『コンコンパムパム』に必要な新しい活力は、こうした異質な人物の投入から見つかる可能性がある。慣れたメンバー同士の安定した関係に、ぎこちなさや予測しにくさが加わることで、番組の空気はわずかに揺れ始める。

また、ド・ギョンスの活躍も今回の見どころの一つだった。ニンニクの皮17袋を畜舎に敷かなければならない状況で、エアガンを活用する姿は、単なる労働の場面を効率と解決能力の物語へと変えた。ド・ギョンス特有の落ち着きと誠実さは、番組が描く労働の叙事とよく合っている。

一方で、ムン・サンフンの姿は正反対だった。手伝いたい気持ちはあるが不器用で、努力はするものの何度もタイミングを逃してしまう。その様子は、すでに作業に慣れた既存メンバーとの対比を生み出した。こうして上手な人とぎこちない人が同じ空間にいるとき、バラエティとしての緊張感が生まれる。

『コンコンパムパム』が今後さらに生き返るためには、このようなキャラクター間の対比をより積極的に活用する必要がある。穏やかな空気だけで押し通すのではなく、人物ごとの速度、得意不得意、場へのなじみ方の違いを物語として見せることが、シリーズの新しさにつながる。

ユンノリを使った賭けも、ナ・ヨンソクのバラエティでは典型的な装置だ。単純なゲームであっても、その結果によって労働量が決まり、出演者たちの勝負欲と関係性が自然に表れる。気軽な遊びが仕事の負担へとつながる構造は、番組の笑いを作るうえでよく機能してきた。

しかし、これもまた慣れ親しまれた方式である。「ゲームを通じた罰則」「労働を通じた成長」という構造は、ナ・ヨンソクの制作陣によるバラエティで繰り返し使われてきた。視聴者がその流れを先に読めるようになると、ゲームの結果が持つ緊張感も以前ほど大きくは感じられない。

結局、『コンコンパムパム』の現在地は、成功と停滞の間に置かれている。番組としての完成度や出演陣の魅力は、今も確かに存在する。刺激がなくても楽に見られる情緒、出演者の人間的な姿、自然の中で生まれるささやかな面白さは、今なおナ・ヨンソクのバラエティの強みだ。

だが、現在の視聴者は単に「楽に見られるバラエティ」という理由だけでは動かない。OTT時代のコンテンツ競争の中で、慣れたフォーマットはすぐに弱点にもなり得る。シーズンを重ねるほど必要になるのは、同じ情緒を反復することではなく、その情緒の内側で新しい関係と新しい叙事を作り出す変化だ。

『コンコンパムパム』をまだ失敗と評価するには早い。とはいえ、第2回の時点で表れた下落傾向は、ナ・ヨンソクのバラエティにも変化が必要だという信号かもしれない。かつて彼のバラエティが特別だった理由は、平凡なものを新しく見せたからだ。今求められているのは、もう一度その「新しさ」を見つけ出すことだ。

By Mediafine Editorial Team · By オ・ソユン · By 오서윤 기자 · 韓国語の原文を翻訳した記事です。 · 韓国語の原文 ↗
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