チョン・ダウン、祖父が繊維業界のトップ争いをしていたと明かす
放送人のチョン・ダウンが、かつて国内繊維業界で1・2位を争った生地工場を経営していた祖父の物語を公開。ブランド立ち上げを機に明かされた家族の歴史と、受け継がれるDNAについて語りました。
「祖父が行っていた仕事を、私が引き継いでいるような気がします」

放送人のチョン・ダウンが、結婚9年目に自身の家系にまつわる特別な物語を公開した。彼女の祖父は、かつて国内の繊維業界で1・2位を争う規模の生地工場を設立した人物だった。普段の放送ではあまり明かさなかった家族の歴史が、自身でアパレルブランドを立ち上げたことをきっかけに、改めて世に知られることとなった。
チョン・ダウンは27日、自身のSNSに「生地工場の孫娘の話」という動画を公開し、祖父の歩みを振り返った。彼女は「祖父は衣装店からスタートし、当時の学校の制服なども制作していましたが、P紡績の初期メンバーとして加わりました」とし、「黄金時代を築き上げ、生地工場まで設立されました」と明かした。
チョン・ダウンによれば、祖父は生涯を服と共に歩んだ人物だった。しかし、彼女が20代の時に祖父が他界したため、直接知ることのできなかった家族の物語は、父を通じて少しずつ伝えられてきた。特に、チョン・ダウンが自らアパレルブランドを始めてから、父が過去の出来事を一つずつ聞かせてくれるようになったという。
さらに、工場の現状についても明かされた。チョン・ダウンは「祖父が設立し、1・2位を争っていた毛織物工場でしたが、繊維産業の衰退と祖父の他界により、規模を縮小しながら新しいオーナーに出会いました」と説明した。父は今年、ついに工場を売却し、かつて家業の中心であった工場は、歴史の中に幕を閉じることとなった。
しかし、チョン・ダウンにとってその工場の痕跡は、今もなお現在進行形で続いている。彼女は「服のブランドを作った年、父は私を見て祖父を思い出すと言いました」とし、「服の分野に一生身を置いていた祖父には、時折ブルドーザーのような一面がありましたが、私もそうなんだそうです」と伝えた。単に服が好きだと思っていた自身の気質に、家族のDNAがあったというのだ。
チョン・ダウンは、今は亡き工場の代わりに、そこで受け継がれてきた「職人精神」を自分が引き継いでいくという意思も示した。30年間品質に妥協しない取引先の社長、自社製品を宝物のように大切にする工場の社長、家業を継いで誇りを持って働く若い社長たちの姿に、祖父の面影を見出すという。
2017年にチョ・ウジョンと結婚し、娘を持つチョン・ダウンは、2023年にKBSを退社した後、放送人として活動している。自身の名前を冠したアパレルブランドまで始めた彼女は、「もう工場はありませんが、その真心だけは私が引き継いでいきます。祖父と共に歩むという気持ちで」と語った。消えた工場の代わりに、自身のやり方で家業の精神を継承しようとするチョン・ダウンの新たな挑戦が注目を集めている。
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