弘大で147日間のホームレス生活、疥癬にも苦しむ―「私はホタル」ファン・ガラムの過酷な無名時代
「私はホタル」で注目を集めたファン・ガラムが、成功前の過酷な日々を告白。弘大での147日間に及ぶホームレス生活や、疥癬に苦しんだ経験、さらに「シングアゲイン2」優勝者キム・ギテの家族の物語まで、MBN「キム・ジュハのデイ&ナイト」で明かされます。
「私はホタル」で一躍大衆の注目を集めた歌手ファン・ガラムが、成功以前の時間を明かした。アルバイトで貯めた200万ウォンを手にソウルの弘大へ上がり音楽家の夢を追ったが、お金が底をついた後はベンチで眠るしか道がなかった。そうして始まったホームレス生活は、実に147日間も続いた。現在の人気を考えれば劇的な逆転劇だが、彼が通り過ぎてきた時間は「無名歌手」という言葉だけでは説明しがたいほど過酷なものだった。

ファン・ガラムは26日に放送されるMBN「キム・ジュハのデイ&ナイト」第44回で、音楽のためにソウルへ上がった当時のことを回想する。彼が手にしていたお金は、アルバイトで苦労して用意した200万ウォンがすべてだった。家族や芸能事務所の支援もなく、たった一人でソウルへ上がった彼は、弘大のクラブやバスキング(路上ライブ)の現場を巡り、音楽で自らの存在を証明しようとした。
当時、ファン・ガラムはまるでドラマのように、ある瞬間誰かが現れて「君、音楽をやってみないか」と提案してくれるのではないかという、漠然とした期待も抱いていたという。しかし、現実は冷酷だった。音楽をすると言ってすぐに舞台が与えられるわけでもなく、実力があるからといって生活が保障されるわけでもなかった。準備していたお金が尽きると、彼に残された選択肢は多くなかった。
結局、彼は「ベンチで一度寝てみようか?」という思いでホームレス生活を始めた。一度や二度の逸脱ではなく、147日間続いた生活だった。さらなる苦痛は衛生面と健康の問題だった。ファン・ガラムはベンチで生活していた際、疥癬(かいせん)が移り、眉毛まで剃らなければならなかったと告白した。ベンチの周囲の木にハトが多く、ハトの糞を浴びたのではないかという回想まで語られ、当時の劣悪な生活状況を実感させる。
しかし、ファン・ガラムの苦難はソウルに上がってから始まったわけではない。彼は高校3年生の時、むしろ歌をまともに歌えなかったと明かした。当時直接録音した歌を公開する予定だが、レッスンを受けに行った際に、事実上「諦めろ」と言われたエピソードも語る。生まれ持った才能だけで歌手になったわけではないという意味だ。
彼が選んだ方法は、結局、繰り返しの練習だった。誰かの助けを待つよりも、一人で歌い、自身の足りない部分を見つけては修正していく過程を繰り返した。今、大衆が聴いているファン・ガラムの声の裏には、このように長期間の自己訓練と、生存に近い無名期が存在していたのだ。「私はホタル」という楽曲で得た大衆的な人気は、単なるスター誕生の物語ではなく、長い間自らの可能性を諦めなかった結果として読み解ける。
今回の放送では、ファン・ガラムと共に「シングアゲイン2」の優勝者キム・ギテの物語も公開される。キム・ギテもまた、長い無名期を経て名を馳せた歌手だ。特に、彼が有名になりたかった理由には個人的な家族の事情があった。17歳の時に両親が離婚した後、自分を訪ねてこなかった母親が、再び自分を見つけてくれることを願う気持ちがあったというのだ。
キム・ギテは「シングアゲイン2」優勝後も、母親からの連絡を待っていたと明かす。ある放送の舞台では、自分とモザイク処理された母親の写真を一緒に公開し、事実上母親に自身の存在を知らせるような場面を作ったこともある。しかし、待ち望んだ連絡はついに届かず、その後キム・ギテが知ることになった母親に関するニュースは、また別の衝撃へとつながったという。放送では、彼が後になって知った家族の事情が公開される予定だ。
キム・ギテは音楽を通じて、個人的な記憶を他人の物語へと繋げることもある。新曲「木のかばん」には、中華料理シェフのイ・ヨンボクの人生から受けた印象が込められている。イ・ヨンボクの人生と物語に触れた後、それを歌として完成させたというキム・ギテは、尊敬する先輩の人生を音楽で表現できること自体が光栄であるとの意向を伝える予定だ。
ファン・ガラムとキム・ギテの物語が共に登場する今回の放送は、大衆に馴染み深い「成功した後」ではなく、その以前の時間を照らすという点で意味がある。音楽界で名を上げる過程は、舞台上の数分間の公演に凝縮されるが、その舞台に上がるまでには、数年間の練習と失敗、経済的な不安、心理的な挫折を耐えなければならないケースが少なくない。特に、安定した支援基盤なしに音楽を選択した者たちにとって、無名期は事実上、生存のための時間と変わらない。
ファン・ガラムにとって147日間のホームレス生活は、単なる貧しかった過去のエピソードではない。音楽を諦めないために、自らの人生のすべてを懸けた時期の象徴に近い。逆にキム・ギテにとって無名は、自らの存在に気づいてほしいと願う家族への待ち時間と重なっていた。二人の物語は、成功した歌手という現在の立ち位置だけでは決して説明できない、それぞれの時間を見せている。
「私はホタル」の人気で大衆に名を売ったファン・ガラムが、今、自身の最も暗かった時代を公開する。輝かしい舞台の裏に隠されていた147日間のホームレス生活、実力が認められなかった時代、そしてそれでも音楽を離さなかった執拗な時間が、遅れて世の中に放たれる。スターになる瞬間よりも、スターになる前に何を耐え抜いたのかが、一人の音楽を理解するためのもう一つの手がかりとなる見通しだ。
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