ハル、BTS所属事務所から2度のキャスティング提案「1日11時間働いた」
MBN番組に「無名伝説」TOP3のソンリ、ハル、チャン・ハンビョルが出演。ハルはBig Hit Musicから2度キャスティング提案を受けた過去と、1日11時間働いた時期を明かした。
MBNの番組「キム・ジュハのデイ・アンド・ナイト」に6日、オーディション番組「無名伝説」のTOP3であるソンリ、ハル、チャン・ハンビョルが出演し、それぞれが歌手になるまでの道のりを語った。なかでもハルは、BTSが所属するBig Hit Musicから2度にわたってキャスティング提案を受けていたと明かし、注目を集めている。

視聴率調査機関Nielsen Koreaによる全国基準で、この日の放送は最高視聴率2.5%を記録した。1位のソンリは、これまで6つのオーディション番組に挑戦したものの、決勝の目前にすら進めなかったため、歌手の道を諦めようとしていたと打ち明けた。それでも「これが最後」という思いで「無名伝説」に応募したという。ソンリは「PRODUCE 101」で脱落した後、アイドルグループとしてデビューしたが、収入はなかったとも語った。
ソンリは、「PRODUCE 101」で一緒にオーディションを受けた友人たちがスターになり、パク・ジフンが観客動員1000万人規模の俳優になっていく姿を見ながら、応援する気持ちと同時に強い焦りも抱えていたと振り返った。そうした切実さのなかで、最後の挑戦という覚悟で臨んだ「無名伝説」によって人生を逆転させることになったと、喜びをにじませた。さらに、Wanna Oneの再結成アルバムよりも「無名伝説」で自身が歌った曲の順位が高かったことについて、「つらく苦しくても、耐えて耐え抜けば、こんな日も来るんだな」と感激した表情を見せた。
2位のハルは、「『朝の広場』の『夢のステージ』で5勝し、年末の王中王戦で優勝までしたが、本格的な競演の場で自分自身を証明したかった」と語り、「無名伝説」に挑戦した理由を明かした。ハルは、BTSの所属事務所であるBig Hit Musicから2度キャスティング提案を受けたが、いずれも実現しなかったという。高校1年生の時は母親の反対により、高校3年生の時は年齢のため、入ることができなかったと説明した。
3位のチャン・ハンビョルは、2011年にバンドLedAppleの第3期メンバーとしてデビューしたものの、3年後にグループが解散し、迷いの時間を過ごしたと告白した。当時、マレーシアの放送局制作陣だったLedAppleファンから招待を受け、マレーシアのサバイバル番組「Big Stage 2019」に参加して優勝。その後、現地の音源チャートで52週連続1位を記録し、マレーシアの皇太子と呼ばれる存在になったと語った。オーストラリアで生まれ、マレーシアで成功を収めたにもかかわらず韓国に戻った理由については、「両親の母国である韓国で、歌手として成功したかった」と明かした。
ソンリは、アイドルグループ解散後、宅配荷物の積み下ろし、肉の包装、ゲームセンターでのアルバイトを並行してこなしていたと語った。また、「Mr. Trot 2」脱落後には、実兄の勧めで壁紙施工や木工まで学んだという。ハルは、高校1年生の時から母親のがん闘病により自分で生計を立てていたとし、母親が亡くなった後には「夜に本当に大変な仕事をして家に帰り、気絶するように眠れるくらい、体を忙しくしなければと思った」と振り返り、1日11時間働いていたことを明かした。チャン・ハンビョルは、LedApple解散後の4年間の空白期に、作曲家の先輩たちについて回りながら、ボーカルガイド、コーラス、バックボーカルなどを担当し、1件あたり5万ウォンを受け取っていたと告白した。