リセンヌ・ミナミ、破天荒な「ギャル」メイクで勝負。友人からは「狂ったの?」と驚愕の声も
ガールズグループ「リセンヌ」の日本人メンバー、ミナミが、デビュー初期に注目を集めるため敢えて選んだ「ギャル」メイクの裏話を明かしました。友人からの驚きの反応を乗り越え、どのようにしてグループのチャート逆走へと繋げたのか。
ガールズグループ「リセンヌ」の日本人メンバー、ミナミが、デビュー初期にチームを世に知らしめるため、果敢に選択した「ギャル」メイクにまつわる裏話を公開した。

日本の友人たちからは「あんた狂ったの?」という反応まで受けたが、ミナミは「これでもしないと目立てない」と自ら破格の選択をした。結果として、この意外な試みはチームのチャート逆走を導いたコンテンツの一つとなった。
ミナミは16日に放送された文化放送「Radio Star」に出演し、K-POPアイドルを夢見て韓国で活動することになった過程と、リセンヌの逆走の秘話を語った。
この日、キム・グラはミナミに対し「日本で嘲笑の的にされているという話がある」と問いかけた。ミナミは日本にいた頃、K-POPアイドルになるという意志を友人に伝え、オーディションを受け回っていた当時の状況を説明した。
問題は韓国でデビューした後だった。
ミナミは「日本でK-POPアイドルになると言い、オーディションを受け回ると伝えていた。ところが韓国でデビューしてギャルメイクをして出てきたので、友人たちが驚いた」とし、「『あんた狂ったの?』と言われた」と語った。
友人たちにとって、自分が夢見ていたK-POPアイドルの姿とギャルスタイルは、少々馴染みのないものだったのだ。しかし、ミナミは周囲の視線を意識して平凡なイメージを固守するよりも、むしろ目立つ方法を探した。
彼女は当時の心境を「これでもしないと目立てない」と表現した。
短い一言だが、デビュー後にリセンヌが経験した状況を推測させる一節だ。アイドルグループが溢れるK-POP市場において、新人グループが大衆の視線を確保することは容易ではない。音楽とパフォーマンスだけで名前を売るまでには相当な時間を要し、特にデビュー初期には個々のメンバーのキャラクターを大衆に刻み込むこと自体が一つの課題となる。
リセンヌもまた、デビュー後約2年間は大きな注目を集めることができなかった。しかし、ミナミが披露したギャルメイクのコンテンツや、巨済で撮影されたいわゆる「ヤホー」動画がオンラインで話題になり始めると、状況が変わった。
特に短い動画中心のコンテンツ消費が日常化した環境において、予想外のメンバーキャラクターや強い印象を残すシーンは、音楽コンテンツとは別に新しい流入経路となり得る。ミナミのギャルメイクも、単なるイメージチェンジを超えて、大衆に「リセンヌ・ミナミ」という名前を記憶させる装置として作用した。
ミナミは、自分が日本でギャル文化に触れて育ったわけではないと説明した。
「日本にいた時はギャル文化に触れたことがなく、韓国で初めて始めた」というのだ。
ところが、ここにはもう一つの反転があった。ミナミは「母がギャルに似たスタイルや言葉遣いを使っていた」とし、「ギャルの真似をするとき、母からノウハウを伝授してもらった」と明かした。
日本の特定のサブカルチャーとして知られるギャルを韓国で初めて触れたが、実際はそのスタイルを演じる過程で、母親の言葉遣いやスタイルが一種の参考資料になったという説明だ。ミナミにとってギャルは、最初から自身のアイデンティティを代表する文化というよりは、新しい環境で自分を表現するために見つけ出した一つのキャラクターだったわけだ。
その選択は予想以上の反応を引き起こした。
ミナミは当日放送で、巨済での「ヤホー」ミームについても語った。ファンから「ヤホー」と叫んでほしいという要望を多く受けており、「一日に30回くらいは叫んでいるようだ」と述べた。続けて、「『ヤホー』の動画は再生回数が1,300万回を超えた」と明かした。
「ヤホー」は、ミナミが巨済で撮影した動画で見せた独特の表現とキャラクターが、オンラインでミームとして拡散されることで注目を集めた事例だ。ミナミは「ヤホーは日本で親しみを持って使われる挨拶だ」と説明した。
韓国でも馴染みのある表現だが、日本人メンバーであるミナミが特有のイントネーションと動作を交えて繰り返し使用することで、一つのキャラクター的な言語として消費され始めたのだ。アイドルの流行語が音楽と直接的な関連がなくてもファンダムの外へと拡散され得るという点で、最近のK-POPコンテンツの消費方法の変化もうかがえる。
ただし、ミナミにとっては「ヤホー」が過度に繰り返されることで、別の悩みも生じたようだ。
彼女は「『ヤホー』はやるだけやったと思う。今日ここで最後に思う存分叫んで卒業する」と宣言した。
すると、ユ・セユンがすぐさま制止した。彼は「『ヤホー』を卒業しないで。私はまだヒヒをやっている」と言い、笑いを誘った。かつて番組で自身を代表したキャラクターを長く繰り返してきた経験に例えて、ミナミに流行語を簡単に手放さないよう冗談を飛ばしたのだ。
ミナミの事例が興味深いのは、「破格」そのものよりも、その選択の出発点にある。
デビュー初期に注目されない状況の中で、彼女は自分に与えられた限られた選択肢の中で大衆の視線を集める方法を悩み、その結果、ギャルという多少馴染みのないイメージを果敢に繰り出した。
アイドル産業において、メンバーのキャラクターは音楽と同じくらい重要な文化的資産として機能する。歌とダンスがグループの核心コンテンツであれば、短い動画やバラエティ番組の中での言葉遣い、動作、表情、流行語などは、個々のメンバーをファンダムの外へと拡張させる「サブテキスト」になり得る。ミナミのギャルと「ヤホー」も、そのようなキャラクター構築の過程で誕生したコンテンツと見ることができる。
特に日本人という国籍的な背景も、ミナミのキャラクター形成に影響を与えた。韓国で活動する日本人メンバーという立場は、それ自体が差別化要素になり得るが、逆に韓国の大衆にとって馴染みのない言葉遣いや動作は、違和感として受け取られる可能性もある。ミナミはそれを隠すのではなく、自身の個性として活用する方向を選んだ。
結局、最初は日本の友人たちから「あんた狂ったの?」と言われたギャルメイクが、むしろ自身の存在感を知らせるきっかけとなった。本人にとっても馴染みのない文化を果敢に借用して作ったキャラクターが、デビュー初期の停滞した無名時代を突破する一つのきっかけとなったのだ。
リセンヌが音楽活動とは別に、メンバー個々のキャラクターを通じて大衆的な認知度を拡張したという点も注目に値する。かつてのアイドルグループの認知度上昇が地上波の音楽番組や大型事務所の集中的なプロモーションに大きく依存していたのに対し、最近ではYouTubeやショートフォームプラットフォームで偶然消費された短いシーン一つが、グループ全体の認知度を変えることもある。
ミナミにとって、ギャルと「ヤホー」は最初から計画された成功公式ではなかった。むしろ「このままでは誰も私を知らないかもしれない」という危機感から出た選択に近かった。だからこそ、「これでもしないと目立てない」という言葉は、リセンヌの逆走を説明する上で非常に象徴的な文章となる。
ステージでは完成されたアイドルの姿を見せなければならないが、大衆がメンバーを記憶する方法は、意外にも非常に些細な瞬間から始まることもある。ミナミの場合、その始まりは定型化されたアイドルイメージとは距離があったギャルメイクであり、その後は日本語の挨拶に由来する「ヤホー」となった。
友人たちには理解しがたい選択だったが、ミナミにとっては自分の名前を知らせるための切実な実験だった。そしてその実験がオンラインコンテンツと出会うことで、リセンヌの名前を大衆に刻み込む予期せぬ結果へと繋がった。
今やミナミは、「ヤホー」を卒業すると宣言するほど、自身の流行語が一つのキャラクターとなった状況に直面している。ただし、ユ・セユンの言葉のように、ミームは一度作られると簡単に消え去るものではない。かつて目立つために投げ出したギャルメイクと「ヤホー」が、いつの間にかミナミとリセンヌを説明する一つの文化的標識として定着した理由である。